仙台高等裁判所 昭和53年(ネ)484号 判決 1979年9月28日
控訴人 東京海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役 石川實
右訴訟代理人弁護士 田中登
被控訴人 遊佐藤雄
右訴訟代理人弁護士 松倉佳紀
主文
原判決中控訴人の敗訴の部分を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。
(控訴代理人)
過失相殺の主張を次のとおり補充する。
一 本件自動車のタイヤは著しく磨耗していた。このように著しく磨耗したタイヤは、たとえタイヤチェーンを装着したとしても、凍結道路では滑走防止にさしたる効能がない。仮に若干の効果があったとしても、女子である典子にとってその装置は容易なことではなく、これを期待しえない。被控訴人は、いわゆる工作物責任、製造物責任に準ずる自動車の保有者としての安全管理責任を負うものであり、本件自動車のトランクにタイヤチェーンを入れていただけでは、その責任を尽したことにならない。しかも、被控訴人は本件自動車を典子に使用させるについて右タイヤの危険性を告げてもいなければ、タイヤチェーン装着の指示ないし注意もしていない。あたかもブレーキに欠陥のあることを知りながら他人に自動車を使用させ、事故を惹き起こさせた場合と同様、この点においても被控訴人に過失がある。
二 本件事故が典子の過失に起因するとしても、同女と被控訴人は夫婦として身分上一体であり、同女の過失は被害者側の過失として斟酌されなければならない。
(証拠関係)《省略》
理由
一 昭和五一年三月二〇日午前一〇時二〇分ごろ宮城県栗原郡花山村字本沢鯨森地内の県道上において、遊佐典子(被控訴人の妻)の運転する普通乗用自動車が雪で濡れていた路面を滑走して、道路下の花山ダムに転落水没したため、同乗していた遊佐淳志(被控訴人の長男)が溺死したこと、被控訴人が右自動車を所有し、日常これを運転使用していたこと、控訴人が昭和四九年九月五日被控訴人との間に被控訴人の所有する右自動車につき被控訴人主張のとおりの自動車損害賠償責任保険契約を締結したことは、当事者間に争いがない。
二 被控訴人は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)一六条一項に基づき、保険会社である控訴人に対し、右事故によって遊佐淳志が死亡したことによる損害の賠償(葬式費用として支出した金額及び亡淳志の死亡により被控訴人が受けた精神的苦痛に対する慰藉料)を請求するものであるが、右請求は前記事故によって死亡した亡淳志の父としての被控訴人につき自賠法三条の規定による損害賠償請求権の発生を前提とするものであるところ、右損害賠償責任は自己のために自動車を運行の用に供していた者が、その運行によって「他人」の生命又は身体を害したときに生ずるものであり、ここに「他人」とは、自己のために自動車を運行の用に供する者及び当該自動車の運転者を除くそれ以外の者をいうことは、最高裁判所の判例の趣旨とするところである(昭和四二年九月二九日第二小法廷判決、裁判集民事八八号六二九頁)。被控訴人は、被控訴人もまた本件事故発生当時なお本件自動車の運行を支配する関係にあったものであると解されるとしても、その具体的運行に対する支配の程度態様において被控訴人のそれが間接的、潜在的、抽象的であるのに対し、妻典子によるそれは、はるかに直接的、顕在的、具体的であるから、本件においては、被控訴人は共同運行供用者たる典子に対し自賠法三条の「他人」であることを主張することができると主張するので、以下この点を検討する。
三 《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。
1 被控訴人と遊佐典子は昭和三九年に結婚した夫婦であり、その間に長女千賀子(本件事故当時一〇年)、長男淳志(本件事故当時九年)が生れた。
2 被控訴人は大工をしていた者であるが、昭和四九年九月ごろ本件自動車を買い入れ、主として、自分の仕事のためにこれを使用していた。
3 妻典子も昭和四五年一月二七日普通運転免許を取得していて、日曜日や被控訴人が仕事から帰った後に買物などのために右自動車を運転していた。
4 典子は本件事故当日伯父にあたる栗原郡花山村字山内の大立目武雄の葬式に参列するため、後部座席に千賀子及び淳志を乗車させて午前九時ごろ、当時の栗原郡築館町の自宅を右自動車を運転して出発した。
5 右自動車の前後輪のタイヤは普通タイヤで、いずれもトレッドの溝部分が甚しく磨滅していた。
6 被控訴人は典子が右葬式に参列するため右自動車を運転して花山村字山内に行くことを承知していて、出立する同女に対し路面の状況によってはタイヤチェーンを付けるよう注意した。
7 典子は途中栗原郡一迫町の同女の姉千葉いちよのもとに寄り、いちよの夫千葉胤男(本件事故当時五〇年)を同自動車の助手席に乗せて花山村字山内に向かった。ところが、典子は、途中花山ダムに沿って道路がわん曲している所にさしかかった際、残雪のため凍結した路面で車輪が横滑りして蛇行状態となったので、急ブレーキを踏んだところ、車体が対向車線上に横向きとなり、そのまま更に滑走し、進行方向右側にある幅二~三メートルの崖地の端から車体の後部を先にして花山ダムに転落水没し、同乗していた千葉胤男及び淳志が溺死するに至った。
以上の事実が認められる。
右認定の事実によれば、本件事故当時、本件自動車を運転していた典子も被控訴人と並んで運行供用者であったことが明らかである。運行供用者が複数存在していて、そのうちのある者が当該自動車の運行による人身事故につき被害者となった場合に、これらの者の間に、自動車に対する運行支配ないし事故当時の具体的運行に対する支配の程度態様において差異が存し、被害を受けた運行供用者のそれが他の運行供用者のそれに比し、間接的、潜在的、抽象的であるとみられるときには、被害者たる運行供用者は、他の運行供用者に対する関係では、自賠法三条にいう「他人」として同条による損害賠償を請求することができるものと解するのが相当である。他面、被害者たる運行供用者の、事故の原因となった当該具体的運行に対する支配の程度が社会通念上加害者とされた運行供用者のそれと同等のものとみられる場合には、自賠法三条による損害賠償責任の発生を認める余地はない。自賠法は自動車を自己のために運行の用に供する者自身が、その運行により損害を受けた場合にまで、賠償を保障するものではないからである。
これを本件についてみるに、本件事故当時、被控訴人はたまたま本件自動車に同乗してはいなかったが、その運行は、被控訴人にとっても姻族三親等の親族に当たる者の葬儀に、妻典子、長女千賀子、長男淳志を参列させるためのものであり、出発に当り被控訴人は典子に対しタイヤチェーンをつけるよう指示も与えている程であるから、被控訴人も妻典子と同等に当該具体的運行に対する支配を有していたというべきである。したがって、本件事故につき、被控訴人が共同運行供用者たる妻典子に対し自賠法三条本文の「他人」であることを主張することは許されない。
以上の次第で、右損害賠償請求権の発生を前提とする被控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却すべきである。
四 よって、これと異る原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法三八六条により原判決中控訴人の敗訴の部分を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中恒朗 裁判官 武田平次郎 小林啓二)